秋鳳さん(書道家)

書道家としてのアーティストの一面。発達障がい専門の書道講師としての、教育者としての一面。そして以前飲食店を経営していた経験を活かし、現在は地場産のオーガニック野菜を使った無添加の和風キムチ屋を運営する、経営者としての一面。今回取り上げる書道家の秋鳳さんは、色々な顔をお持ちです。たくさんやりたいことがあって、どれも全部やりたいというタイプなのだとか。そして、やりたいことをやるのに、失敗したらどうしよう…と不安を覚え躊躇することはない、と。羨ましい限りですが、ご本人としては、もっと慎重さが欲しいとおっしゃっていました。
母親としては、一度もお子さんに「勉強しなさい」と言うことなく、やることに口を出さないようにして育てたのだそう。全くの放任ぶりに、お子さんの方から「私も他の子みたいに勉強しなさいって言われたい」と。それが気づけば米UCLAに入学し、気づけば社会的起業をして稼ぎながら卒業した、というのです。秋鳳さん曰く、忠告しすぎは子どもをダメにしちゃうから、チャレンジは止めずに口を出さないで見守りましょうと。実際のところ、口を出さないって高度な技術ですよね。

プロフィール

秋田県生まれ、神奈川県在住。
幼少期から書道を始め、師範成家。書道だけでなく筆文字アート、花文字なども書く。
https://instagram.com/shuho_hanamoji/

発達に特性のある子の専門講師。海が見える書道教室運営。
https://instagram.com/shuho_shodo/

料理好きが高じて飲食店を14年経営。(台風で被災し、2019年廃業)
化学調味料無添加の体に優しいオーガニックキムチ「湘南 海辺のキムチ屋さん」運営。
https://instagram.com/shonankimuchi/

飲食店経営者から書道家への転身

質問 以前は飲食店を経営し、現在は書道家として活躍されていますが、全く違う職業に転身された経緯を教えてください。

花文字を始めてからは7-8年ですが、いわゆる皆さんのよく知るような書道は子どもの頃に始めて、最終的には師範という教える資格も取得しました。ですが、書道はこの歳になるまで、何にも活かすことなく生きてきましたね。書道は、歳をとってから、のんびりやろうと考えていました。
それが2019年の台風で被災してしまい、14年間続けてきた飲食店を突如として廃業することになったのですが、そのときに初めて、「これからは書の道に進もう」と決めたんです。

でも書道を活かすのは、書道教室をするくらいしか思いつきませんでした。かといって、お手本を忠実に書いて昇級試験があるという一般的な教室を自分がやるというイメージが、どうしてもわかなかったんです。


――私は小学生のときに1-2年くらい通って、上達することなくやめてしまいました。

そうでしょう(笑)。毎週何曜日の決まった時間に行って、お手本に従って書いて、先生に直してもらって。静かに黙々と書く…ちょっと苦痛ですよね。

飲食店経営をやめて書道をやると決めたとき、自分が感じていた“退屈な書道教室”を自分がやらなければいい、どこにもない教室をやればいいと、考え方を切り替えたんです。なので私の教室は、今月のテーマもお手本もなく、昇級もない、本人が書きたいものを書くような教室にしました。生徒さんは年の暮れにはカレンダーを制作してみたり、写経をしてみたり、筆文字でかわいい文字を書いたり、とにかく自分で好きなことに取り組んでいます。私が先にお手本を渡すのではなく、生徒さんが書きたいという字をお手本で書いたり、アドバイスをしたりしています。生徒さんはお互いがやっていることを見ているので、次は私もあれをやってみようと思うようで、とても良い相乗効果が生まれています。


質問 台風で被災していなければ、書道家になるのはもっと先を予定していたのですね?

実は被災する1年前から、宣伝をしていないのに毎月「書いて欲しい」という依頼が来るようになっていたんです。お店をやっているのも知っているので、「時々でいいから教室をして欲しい」とか。それでやることに決めたのですが、ちょうど準備が整ったところで被災したので、被災した数日後に最初の書道教室を開催しました。すごいタイミングですよね。

パリ展示会 審査員特別賞受賞作品

――通常、被災して廃業することになったら、今後の生活が不安で、辛い経験として語られるように思いますが。

そうやって心の準備ができていたから、「私は導かれたのだ」と台風被害を受け入れられたように思います。いまでは書道家が天職だと思っていますし。被害にあったのにケロッとし過ぎていて、周りの人たちは私があまりのショックで狂ったんだと思ったみたいですよ(笑)。


質問 書道を活かしてこなかったと話していましたが、依頼がくるということは、その間も作品を発表されてきたということですよね?

世間話として最近花文字を書いているんだとか、こういう作品を書いているんだという話はしましたけど。あとは、飲食店を経営していてお店のメニューを書いていたので、それを目にして依頼につながったのかもしれません。

英国王立美術家協会名誉会員

発達障がい専門の書道講師の仕事

質問 発達障がいの子ども向けの書道教室を開かれているそうですが?

はい。とてもやりがいのある仕事です。
黒い墨で書くことにこだわらず、色を使って書いたり、絵を入れてみたり。白い半紙ではなく、マーブリング染めをしてから文字を入れたりもします。

教室では、「自己肯定感を上げて、好きなこと、才能を見つける」ことを大切にしているので、「姿勢がいいね」「筆の持ち方が上手だね」「一生懸命書いたね」「大きく書けたね」と、必ず褒めるようにしています。書道以外のことでも、「笑顔が素晴らしいね」「挨拶が上手だね」とたくさん褒めるのですが、そのときの子ども達の嬉しそうな顔がたまらないです。大人だって、いくつになっても褒められたら嬉しいですものね。

海辺で気持ちのよい書道教室

質問 発達障がい専門の教室を開いた経緯を教えてください。

私は飲食店を経営する前は、発達障がいの子が通う施設や学童保育などで働いていました。お店を始めてからも、時々手伝いに行ったりしていたので、思い返してみると、20代30代40代50代と、必ず1回はどこかの施設で携わっていましたね。

そこでは、実際は納得いかないことも多かったんです。子ども達を“普通にする”ために、型にはめようとするので、私はずっと、全員が平均にならなくていいのにな、と葛藤していました。才能をつぶさないで欲しいし、違うものを持っている分、そこを伸ばしてあげたいという思いが強かったんですね。 それで、自分が出来ることは何だろうと考えるようになりました。書道を教えることを通して、その子が好きなことを見つけるとか、褒めてもらうことで自己肯定感をあげる。そういうことなら、自分が出来るのではないかと。そもそも書道である必要もないと思ったので、色を使ったり、絵を描いたりしてもいい教室なのです。しかしそれは、施設ではなかなかやらせてもらえなかったので、自分でやることにしたんです。


質問 当時の思いがあって、いまの自由な教室を実現したんですね?

そうですね。
海の前で書いたら気持ちがいいだろうと思って、そういうことができる場所を探して引っ越したんです。家の前にすぐに海があるので、道具を持って外に出て書いています。書道教室も、自分の作品作りも、そういう場所で書きたいなと思ったので。

あとは、横浜の放課後デイサービスのプログラムの外部講師として、月に数回行っていますが、そこは本当に自由で、子ども達の好きなことや才能を伸ばそうとしているので、とてもやりがいがあって私も楽しいです。

書道家という仕事

質問 書道家になるために資格は必要でしょうか?

どこで書道を習うかで多少の違いはあるかと思いますが、級があって、段があって、その先に師範があるんですね。師範というのは、習う側ではなく教える側になるための資格で、私自身は成家(師範の上)という資格を持っています。
ですが、最近はそういった過程を踏まず、思ったように書くというタイプの人もいます。全く習ったことがないという有名な方もいますし、時代の流れというか、必須とは言えないかなと思います。資格より、感性やセンスの方が大切かもしれないですね。その先生に習いたいと思ったら、流派や資格は関係ないと思うので。

ただし、学校などの場に教えに行くとしたら、資格は必要かもしれません。アートとしてやるのと、基本から教えるのとでは、違いがありますね。
例えば、花文字も昇級試験があって、ここまで進んだら売ってもいいよ、ここまで進んだら教えていいよと決まりがありました。欲しいという人がいれば売っても構わないのでは?と疑問に思いながらも、書道と同じく最後まで通いましたけれど。そこの流派の名前を名乗るなら必要でしょうが、そうでなければ自由だと思いますよ。私は名乗らず、個人の名前だけで活動しています。ただし、流派を名乗っている方が、カルチャースクールなどの仕事は来やすいと思います。


質問 あると優位なスキルやキャラクターは?

社交性でしょうか。それは教える場合に必要になるだけでなく、作品制作の依頼があったときにも役立ちます。制作する前にまずはヒアリングをさせて頂くのですが、その方が本当に欲しいと思っているものを書きたいので、コミュニケーション力が求められます。大概はオーダーメイドで制作しますので。私は心理学、コーチング、アドラー心理学などを学びました。

あとはSNSの知識でしょうか。やはり新しい方法に詳しい人は、強いなと思いますね。自分の作品を発信していく力があるかないかで、違うと思います。

それから、毛筆以外の知識もあれば優位ではないでしょうか。私の教室では、毛筆以外にも、ボールペン字だとか筆ペンをやりたいという人も、花文字をやりたいという人もいますので。私は興味の幅が広くて、気になると何でも習いにいくので、そういう形になりました。


質問 苦労されていることはありますか?

好きなことをやっているので苦労ではありませんが、教室の方は、一人一人の個性に合わせて個別指導をしているので、考えることが多いことでしょうか。たくさん書きたい子や、上手になりたくて一生懸命に書く子、今日は書きたくないという子…。みな特性が異なるので、それに合わせて指導します。どうやって才能を引き出すか、お稽古の時間以外もずっと考えていますね。そんななかで、最近「お習字の先生になりたい」と言ってくれる子がいて感激でした。

自分の作品づくりについても、オーダーメイドなので、納品するまで悩んでいるような生活ですしね。作品だけでなく、どのような額装にするかなど、四六時中、考えているような生活をしています。

それ以外にも、色々なことを全てやりたいタイプなので、とにかく忙しくしています。


質問 人生で大切にしていることは何ですか?

誠実に対応すること、自分に正直に生きること、そして楽しく生きることですね。
嫌なことはやらない。これがストレスを少なくする方法だと思います。


質問 アーティストとしての収入と教室の収入があることで、うまく安定化できる印象がありますが、稼げますか?

私の場合、安定はしていないですね。
稼げるかどうかは、やり方次第です。例えば自分の書道教室を持って、同じ生徒さんに何年も通って貰うようなやり方をすれば安定すると思います。私が習っていた先生にも、自宅で教えるなら経費はかからないし、良い仕事だと思うよと言われていましたし。私はそれを楽しいと思えなかったので、今のような形になりましたけど。

ただ、可能性は無限だとは思います。例えばNFT。作品が売れたこともありますし、メタバースもやったことがあります。メタバース上で講義をしているドイツの大学教授がいるのですが、私も昨年、メタバース上の大学の一室を借りて、花文字の動画を観てもらいながら話をさせてもらいました。


質問 書道家として生き残るためのご自身の戦略を教えてください。

戦略などは考えたことがありませんが、「他にはないことをすること」「心を込めて書くこと」「誠実に対応すること」「自分がわくわくすることをやること」を大切にしています。

Japan Expo Parisでのワークショップの様子

ご縁を大切に、そして何事もチャレンジしてみる

質問 在日大使館への奉呈作品も書いているそうですが?

はい。ジャマイカ、アルジェリア、アゼルバイジャン、セネガルなどの大使館への奉呈作品を、制作させていただきました。それらの国々の大使と親交のあるグループ企業の会長さんから、日本との国交開始の周年記念のタイミングでご依頼をいただいたのです。
実はその方は、以前経営していた飲食店に、10年以上来てくださっていたお客様だったんです。廃業してからバッタリ会った際に、こちらの近況をお知らせしたことから、ありがたいお話をたくさんいただき、貴重な経験をさせて頂いています。

Japan Expo Parisでのワークショップの様子

――秋鳳さんの人柄をよくご存じで、推してくださったんでしょうね。人と人とのつながりを大切にすることで、思いがけないチャンスが訪れるという良い例ですね。

本当にありがたいご縁です。私は素晴らしい人たちとのご縁に恵まれて来ました。チャンスは人が運んで来て下さるので、せっかくチャンスをいただいたらチャレンジするようにしています。NFTやメタバース、パリで開催された展覧会で審査員特別賞をいただいたり、ロンドンの展覧会に出展し、英国王立美術家協会の名誉会員の称号をいただいたこともあります。すべて周りの方たちのおかげなんです。

それから今年の7月には、Japan Expo Parisというパリで開催されたイベントで、現地の方たちに対して、書道のワークショップを行いました。1年半くらい前に私のインスタかHPをご覧になったようで、参加しませんか?という打診がありました。自分のブースを用意していただくのですが、私は書道体験をしていただくことにしました。海外では、自分の名前を漢字にしてみたらどうなるかに興味を持ってる方が多いので、その場で即興で漢字をあてて、一緒に書いたのですが、本当に喜んでくださって。私にとっても、自分の知らない一面を見出すことができたり、楽しいイベントになりましたね。

7〜8歳くらいの女の子が「とても親切にしてくれてありがとう。私はいつか日本に行ってみたいです。日本に行ったらこんなふうに親切にしてもらえるんだなと思ったら、安心して道を聞いたりできるから。」と言ってくれた時は感激で涙が出ました。


質問 書道家をしながら、キムチ屋もしているそうですが?

オーガニックの素材を使ったキムチ屋をしています。
2020年にコロナが蔓延していた際には、長野の無農薬白菜が大量に余っているのでキムチにしたいというお話をいただき、キムチ作りの講座をしたこともあります。日本中の農家さんのお役に立てたり、食料廃棄問題や雇用に繋がったりできたらいいなという思いがあり、これからも長く続けていきたいですね。

キムチ作り講座

秋鳳さんから、子ども達へのメッセージ

自分の可能性を信じて欲しいなと思います。
夢は必ず叶います。その人にとって最善のタイミングでチャンスがやって来るので、そのタイミングを逃さないよう準備し、アンテナを立ててチャンスを逃さないことが大切だと思っています。どうなるかなんて考えても、先のことは分からないので、やってみてから考えましょう。
ですが、私よりはもうちょっと準備してトライして欲しいですね。


秋鳳さん、ありがとうございました!

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