樋口尚生さん(鍼灸師)

東京の都立大学駅前で鍼灸院を経営している樋口さんは、自ら野球をしていた経験からスポーツトレーナーに興味を持ち、その後、資格を取得して鍼灸院を開業されました。「はり」や「お灸」ってよく聞くけれど、行ったことはないのでよく分からない…という方にも分かりやすく、鍼灸師の仕事について教えて頂きました。
樋口さんは、「鍼灸師にはコツコツと努力を重ねられる人で、かつ心配性な人が向いている」とおっしゃいます。心配性という性質というのは、ネガティブに捉えられがちですが、それが長所となる職業があるとは!インタビューからも、体の不調に一緒に向き合ってくれる姿勢がひしひしと伝わってきました。

プロフィール

京都生まれ京都育ち。野球をやっていたことから、野球に関係する仕事に就きたいと、スポーツトレーナーを目指し、大学では体育系のスポーツコースに在籍。その後、鍼灸学校を経て、筑波大学理療科へ進学。整形外科クリニック勤務後に、自身の鍼灸院を開業。
Higuchi鍼灸院:https://www.higuchi-sinkyu-in-2017.com

野球のプレーヤーからトレーナーを目指し、鍼灸院を開業するまで

質問 鍼灸(しんきゅう)院を経営されていますが、開業するまでの経緯を教えてください。

私は元々が野球少年で、高校で所属していた野球部にトレーナーの方が来られていて、スポーツトレーナーという仕事に興味を持ったんです。それで大学に進学する際に、スポーツ現場でトレーナーとして働きたいと考え、教育学部の中の体育系のコースを選びました。
その中で、スポーツの現場では、鍼(はり)を打てるトレーナーが重宝されると知って、大学卒業後に専門学校へ通い、鍼灸師の資格を取りました。


――トレーナーはマッサージができる方が良いように思いますが?

選手のケアを担当するトレーナーであれば、マッサージや手で施すケアが出来るのが前提なので、間違いなくできた方が良いです。


質問 鍼治療はスポーツをしている方、全員が対象となるのでしょうか?

小学生以下のお子さんには自然と治る力が備わっているので、鍼治療は私はやりすぎだと思います。この時期はそれよりもまず自分でケアをする習慣をしっかり身につけさせることが大事ですので、スポーツの現場における鍼治療は、早くても中学生からと考えています。

トレーナー活動の様子

質問 鍼灸院を運営しつつ、スポーツの現場へも行っているのでしょうか?

今はスポーツ現場に行く機会は少なくなり、鍼灸院での鍼施術が中心です。
元々はプロスポーツの現場に行きたくて志したのですが、実際にプロの現場(Jリーグのチーム)に同行してみたら、思っていたよりはるかに厳しい世界で、マッサージや鍼といったケアの面はもちろんなのですが、テーピングを巻くスキル、怪我した選手を復帰させるためのトレーニング指導など、いわゆるアスレチックトレーナーと言われる方々のスキルも非常に重要になるという所で、自分の力不足を感じる場面が多々ありました。スポーツ現場で働きたい方は、そういったスキルも修得しておくと良いと思います。


質問 独立時はどのような様子でしたか?

開業当初は、もともと勤めていた整形外科が、患者さんを紹介してくれることもありましたね。医師や理学療法士の先生が鍼灸治療の方が良さそうと感じたり、患者さんの方から鍼治療の要望があったりした場合です。

トレーナー活動の様子

鍼灸師の日常

質問 仕事の内容を教えてください。

鍼灸院で、来院された患者さんへの鍼灸施術業務を中心に行っています。それから、寝たきりの方や、ご自身で来院できない患者さんのご自宅に訪問して行うマッサージ業務も行っております。
あとは、自分自身苦手なところですが、鍼灸院を認知してもらうための、ホームページ(ブログ)やSNSの作成更新も大事な業務で、施術の合間に行っています。

施術風景

質問 樋口さんの経歴からするとスポーツ系の患者さんが多いのでしょうか?

確かに開業当初はスポーツ系の方が多かったのですが、現在は50代以降の肩こりや腰痛の患者さんが多いですね。これは大抵の鍼灸院が当てはまるとは思います。特に、院長やスタッフさんのキャラクターによって、その院を利用される方の年齢層が分かれると思いますが、うちの院では年代高めの方に好まれる傾向があります。
そして、7割の方が当院の最寄りに住まわれている方です。鍼灸院というのは地元密着型の商売なんです。


――確かに、樋口さんは話し方や声のトーンが落ち着いていて安心感があるので、高齢の方に好まれそうです。1日の業務の流れを教えてください。

私の場合は、朝9時に出勤し、施術で使用するタオルや施術着の洗濯・乾燥・畳み作業、それから院内とトイレの掃除をします。
10時に開院した後は、予約の入り具合にもよりますが夜21時まで施術を行いつつ、空き時間にホームページやSNSの更新をしていますね。 そして最後の施術が終わり次第、売上を入力したり、物品のチェックを行って発注したりして終了なのですが、帰宅する前に自分自身のケア(筋トレや鍼)と、鍼と灸の技術練習をしています。

外部講習会の様子

――勤務時間が長く大変そうですね。

予約にも波があって、空き時間もありますので、そこまでではないと思います。それよりも、空き時間は独りで寂しいというのが、私には辛いですね(笑)。たまにお手伝いに来てくれるスタッフがいるのですが、基本は一人なので。


質問 鍼灸師になる方法を教えてください。

鍼灸施術を行ったり鍼灸院を開設したりするには、鍼灸師の資格が必要です。鍼灸師とまとめて言っていますが、本来は「はり師」「きゅう師」と2つの資格です。

この資格を取るには2つのパターンがあり、1つは私のように専門学校で3年間の科目履修を行い、終わった時点で国家試験を受ける方法。もう1つは医療系の大学に進んで、3年次以降に国家試験を受ける方法です。はりときゅうで別の資格ですので、どちらかを落として1つだけしか持っていない場合もありますね。合格率は7割ぐらいです。

訪問マッサージを行う際に必要な「あん摩マッサージ指圧師」の資格も同じで、3年間専門学校で科目履修を行い、終わった時点で国家試験を受ける形になります。学校によっては「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」3つの資格を、3年間で取得することができます。私は3年間で3つの資格が同時に学べる専門学校を選び、資格を取りました。


――学校に行けば確実に取れるという訳ではないのですね。

そうですね、はり師を落として、きゅう師だけ取得したとなると難しいですね。お灸は整える要素が強いので、スポーツの現場では需要が少ない印象です。
私の院では、鍼治療が8割、皮下脂肪を動かすような機械を用いる治療が2割、マッサージは訪問のみで、お灸を行う患者さんはわずかです。ただお灸をやってほしいという声はあります。


鍼灸師には心配性な人が向いている

質問 鍼灸師にはどのような人が向くと思いますか?

まずは反復練習が苦にならない性格でしょうね。鍼の技術は、何度も練習しないと上達はしないし、研究熱心さが求められます。日々コツコツと努力を積み重ねられる人が向いていると思います。
そして、本当に人を思いやり、目の前の患者さんの痛みや不調をなんとかしてあげたいと思う気持ちが持てるかですね。それが技術の向上にもつながります。
あとは、人を治すためには自分が健康であること、体調を崩さないことも必要ですね。

学会発表

質問 それでは鍼灸院の経営者としては何が必要でしょうか?

「心配性であること」でしょうか。経営するとなると、どんぶり勘定では院は成り立ちませんからね。心配し、常に気に掛ける必要があります。

また心配性であることは、鍼灸師としても大切だと思います。鍼は刺し方によっては害を与える可能性があるので、「たぶん大丈夫」といったあいまいな気持ちで刺すのは厳禁です。楽観的な方よりは心配性の方が、この仕事には向いていると思います


質問 鍼灸師の仕事で楽しいことは?

やはり患者さんに「良くなりました!」と言われることですよね。私の場合はさらに、治療していること自体や、治療の手法を考えるのが楽しいし好きです。

鍼灸業界での生き残り戦略

質問 樋口さんが人生で大切にしていることはなんですか?

日々努力し続けることを大切にしています。人の進化・成長はどんな方向であれ、とにかく前進することが重要だと思っています。それが実は反対方向に進んでいたとしても、その進んだ過程というものは次の成長に活かすことができますから。1番の悪は停滞で、とにかく停滞だけはしないように心掛けています。

外部講習会の様子

質問 鍼灸師は稼げますか?

技術次第だと思います。よい技術を持った人のところには、患者さんが集まります。
鍼は痛いといったイメージが強いので、いかに鍼を打つ際の痛みを最小限に抑えるか、そういった技術力は大事な要素だと思います。ですので、鍼をスムーズに扱えるように、一人でタオル相手に自主練習をしています。資格を取ったら終わりだとは思わず、技術力を高めるために日々練習を続けられるかが、稼ぐためにも重要だと思います。

この技術は施術に関するものだけでなく、コミュニケーション能力も非常に大事だと考えています。慣れ慣れしくてもダメだし、無口過ぎてもだめ。まずはしっかりと患者さんの訴えを傾聴するということが大事だと、私は日々感じています。
鍼治療においては、やはり「痛い」「怖い」という感情が先行します。それを、どれだけ安心して施術を受けられるかは、鍼灸師の説明(コミュニケーション)次第です。それが繁盛する為には必須ですね。


質問 鍼灸業界の今後の見通しや、その中での生き残り戦略を教えてください。

専門学校の増加に伴い競争は激化しており、ただ鍼を打つだけでは今は生き残れない時代になっています。鍼をやるなかでも何がしかオリジナリティーをつけ、その分野で突き抜けて行く必要があると思います。

自分の院では超音波エコーを用いて、よりピンポイントで施術をしていくこと、安全に施術していくこと、を特色にしています。「鍼=怖い」という先入観に対し、安全性を担保できる何かがあると、それだけでも選んで頂ける要素になると思います。
超音波エコーは、開院前に勤めていた病院が新しいことに積極的で、自分が所属していた時期は、新たにリハビリに超音波エコーを取りいれて施術していこうというタイミングだったので、率先して班長に立候補して、学ぶ機会を頂きました。これが結果としてはラッキーでした。それがあって、いま来てくださる患者さんがいます。後々役に立つ可能性があるので、何事も率先してやってみることですね。

樋口さんから、子ども達へのメッセージ

仕事をしてみて初めて気づく方も多いのですが、楽にやれることは、長続きしません。自分で考え自分でやっていくことが、仕事のやりがいだと思います。

鍼を打つことはスポーツと一緒だと思っていて、日々練習して積み重ねれば積み重ねるほど、上手になり、結果として多くの人を元気にさせることが出来ます。ただ、人の身体を良くするのは本当に難しく、一筋縄でいかないことだらけです。常に患者さんのことを考えイメージトレーニングしたり勉強したり、努力をし続けないといけない仕事です。

頑張って努力した結果、良くなった人から言ってもらえる「ありがとう」は本当に最高で、私にとっての鍼灸師のような仕事を、みなさんも見つけられるよう願っています。


樋口さん、ありがとうございました!

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