川原建太郎さん(スポーツ自転車専門店の副店長)

スポーツ自転車の専門店で働く川原建太郎さんは、一文では書き表せないぐらい、長い長い紆余曲折がある経歴の持ち主。色々な趣味に学業と仕事がぶつかり合い、混ざり合って出来上がったという印象を受けました。鳥人間に、総務省に、建築に、ロードレースの実業団に。
現在に至るまでに経験されてきたことを語っていただきながら、実業団でレースをしながら自転車販売の仕事をするということ、また現在のコロナ禍における自転車販売店の状況やこれからについて、スポーツ自転車にまつわるたくさんのお話を伺ってきました。このコロナ禍で、オンラインで集ってレースができるアプリが流行っているそうですよ!
子どものころから好きだったとはいえ、大人になってから、まさかレースをしたいと思うまで自転車にハマるとは思っていなかった川原さんが、自分のやりたいことを実現するために考えて実行してきたやり方は、迷いのある人はぜひ参考になさってください。

プロフィール

大学生の時に人力飛行機を製作するチームに出会い、スポーツ自転車好きであったことからパイロットとしても活動。その後、総務省に入省し通信政策の業務に携わる。一念発起して建築士を目指し、学費の安い国立大学に編入学。卒業後、年齢的に最後のチャンスと思い、スポーツ自転車専門店に就職し、実業団連盟の自転車ロードレースに出場しながら自転車販売の業務に携わる。2018年に日本スポーツ協会公認自転車コーチ資格取得。2020年に宅地建物取引士資格試験合格。
ワイズロード東大和店の副店長。
https://ysroad.co.jp/

自転車店で働くまでの紆余曲折

質問 これまでの経歴を教えてください。

中学生ぐらいからツーリング用の自転車でどこにでも行くような趣味を持ちつつ、進学校で大学に行くのが当たり前という感じだったので、普通に勉強をして大学へ入学しました。野球も好きで、スタジアム建築のスケッチをするような子どもだったので、クリエイティブな仕事がしたいと思い、建築学を選びました。

そして大学では、「テレビで見たことある」ぐらいの認識だった鳥人間(人力飛行機での飛行距離を争う、夏の風物詩ともいえるテレビの看板番組)に出場しているサークルに声をかけられ、自転車をやっているならパイロットにどうかと誘われて、のめりこんでいきました。それでちょっと学業より夢中になってしまって(笑)。単位は割と取れていたんですが、肝心なクリエイティブ系の課題が負担に感じて。そこで、自分はコツコツタイプだと気づいたので公務員試験の勉強をし、卒業できる目途は立っていなかったのですが、大学4年目のときに国家公務員Ⅰ種に合格しました。


質問 試験に受かったとはいえ、大卒資格がないといけないのでは?

Ⅰ種での採用は大卒以上が条件でしたので、大学5年目に国家Ⅱ種を受験し直しました。無事、合格することが出来たので、大学を中退して総務省に入省しました。Ⅱ種とはいっても高卒時点で合格するのは厳しい内容なので、同期は全員大卒以上で、自分だけが中退でしたね。

Y'sRoad東大和店

質問 総務省ではどのような仕事をしていたのですか?

総務省では衛星通信の業務に携わりました。それまで全く関わったことのないような内容で、国際的な電波の割り当てについて国際機関に書類を提出したり、衛星の電波が干渉しやすい近隣諸国と会議をする際のコーディネートをしたり。役所なので、非常に専門的なことを専門知識がなかった私が担当する感じではありましたが、それが問題というわけではなく激務なのが僕には問題でしたね。平日は毎日午前様という状態が続いて、プライベートが全くない。加えて、自分はコミュニケーション力があるタイプではなかったので、外国の担当者とコミュニケーションを取ることにストレスを感じていました。

そこで、地方の総合通信局に一時的に異動になったんですが、霞が関と違って皆さんノビノビとしていて、本省と地方とでこれだけ違うのかと。19時ぐらいには誰もいないくらいで、仕事も私生活も楽しんでいる。当時、自分の同期は、頑張っている人もいれば辞めていった人もいて、しばらくしたら本省に戻ることになるのでどうしようかと。少なくとも定年まで続けるイメージがわかなかった

そういった状況で、新しいことを始めるよりはできることを活かそうと考え、一念発起して学費の安い国立大学の建築系学科に3年次から入り直し、建築士を目指すことにしたんです。そこで設計事務所でアルバイトをしながら、大学へ通いました。社会人になってからも鳥人間を続けていたので、三足のわらじでとても忙しかったですね。公務員時代に激務を経験していたのと、楽しいと思えることをやっていたので、耐えられました。

そして、2度目の大学は割とすんなりと卒業でき、そのまま建築の仕事をして建築士…のつもりでしたが、当時のアルバイト先ではマンション設計をしていたのですが、建築設計が生きがいくらいでないと本業としてはやれないような激務でしたので、これでいいのか?と考えが変わってきて。
総務省時代に、気分転換にロードバイクを買ってから、速く走ることに目覚めてしまい、ロードレースに出場するようになっていたんです。それで大学を卒業するときに、「この瞬間一番やりたいことは何か?」と考えたときに、ガチで自転車のレースをしたいと。年齢的に最後のチャンスだと思って、チャレンジすることにしました。


質問 それが現在のスポーツ自転車専門店につながってくるんですね?

当時、いま勤めているY’sRoadで、12店舗目となる船橋店のオープニングスタッフを募集していたので応募したんです。当時の上司が自分の経歴を面白がってくれて、「東京のお茶の水にトライアスロンの店を開くから、そこのオープニングスタッフをしないか?」と。自転車は分かっても、トライアスロンのことは知らないのでどうかなとは思いましたが、熱い思いに共感するものがあり、自転車屋さんになりました

広い売り場に何百台ものスポーツ自転車が並ぶ東大和店は日本最大の店舗

質問 現在の仕事の内容を教えてください。

Y'sRoadは、通称ママチャリと呼ばれるシティサイクルを扱わない、スポーツ自転車(ロードバイク、クロスバイク、マウンテンバイクなど)の専門店です。自転車業界の中で、本格的なスポーツ自転車は比較的規模が小さくて、当社は業界最大手とは言っても、私が入社した当時は12店舗しかありませんでした。現在は35店舗ありますが、急成長したのは2012年あたりです。東日本大震災で交通機関が麻痺し、多くの帰宅困難者が発生しましたが、自転車であればいざというときも帰れるということで、自転車業界は盛況になりました。

そのなかで、私はスポーツ自転車の販売をしながら、自店舗の自転車本体の仕入れを担当しています。
スポーツ自転車はほぼ輸入品のため、現在はコロナ禍で工場が停止したり、物流がストップしたり、材料費や輸送費が高騰したり。一番痛いのは円安ですよね。業界として、供給が滞っているんです。
今までは、メーカーの日本代理店が倉庫に在庫を持っていましたので、世界的な流行りすたりに合わせて発注していました。現在はメーカーに在庫が無く、欲しいものが手に入らない状況なので、2年後の需要を見越して仕入れの計画をしているのですが、それが私にとっては楽しくて。コロナが無ければこのような状況にはならなかったので、不思議なものです。会社も各店舗の個性を活かしていて、同業他社の直営店のように均質化された店構えや品揃えではないので、やりがいがあります。

プライベートと仕事のつながり

質問 実業団チームを率いているそうですが。

入社当初に勤務していたトライアスロン専門店舗の店長が、全日本のトライアスロンに出るような方だったので、自分は当時既に30歳近くではありましたが、新しいロードレースのチームを会社で立ち上げるということを、肩肘を張らずに自然とできたんですね。
最初は選抜された社員4人で実業団連盟に登録し、年間で20レースほど出るようになりました。レースでの経験が、お店での販売に活かせることも楽しくて。レースに出場できる環境を会社から与えてもらっていたので、人生で一番集中していたと思います。

実業団レース、左の青いウェアが川原さん

質問 チームは今、何人ぐらいですか?

30人以上いたときもありますが、現在は10数人です。
実業団チームとはいっても欧米と比較してマイナースポーツなので、プロでやっている人は日本にはあまりいません。金銭的に厳しいので、もし本当に稼ぎたい実力のある人は、競輪などにいくこともあります。なので、会社に身を置いてアマチュアとして実業団登録をして、走って成績を出しつつお客さんに魅力を伝えて、自転車販売につなげていく感じです。

最初はウチの会社の社員だけでしたが、3年目からはお客さんにもチーム活動をしていただいています。学生から若い社会人、子育てが落ち着いた年齢層がメインです。割と遅くから始めても楽しめる競技なんです。私は15年続けてきて、以前のように体力を回復させることが難しくなってきました。なので、今は実業団レースの出場は減らして、年齢別のカテゴリでの入賞を目指しながら、実業団活動の仕事を続けています。


質問 自転車のコーチ資格を取得しているそうですが。

例えばサッカーのJリーグで教えようと思ったらサッカーコーチの資格が必要ですが、実業団で自転車を教える分にはコーチ資格は要らないんです。それでも、体系的に勉強したいなと思い、日本スポーツ協会の資格を取得しました。監督として実業団活動をするのに役立つ資格なので、勉強しておこうと。

日本では体系的な指導ができる人が限られ、個人的な能力にゆだねられているところがあったりします。また、専門誌であっても疑わしいと思える部分もあったりするので、書物から学んだことに、選手の生の声から裏付けを取りつつ理論化したいなと思っていたので、コーチの資格取得のための勉強は非常に役に立ちました。

TEAM Y's Road実業団、一番左が川原さん

質問 この仕事をしていて楽しいことは何ですか?

旅行が趣味なので、サイクリングやレースを通じて見聞を広げられるのが楽しいです。それをお客様と一緒に体験できたり、伝えることができるのも醍醐味です。欧米と比較して低かったスポーツ自転車の認知度が、国内でも近年高まっていますので、やり甲斐もありますしね。

スポーツ自転車はSNSと親和性が高いんです。ここを走った、美味しいものを食べたなど、TwitterやInstagramでシェアしたり。

またコロナで増えたおうち時間を活用するのに、「Zwift」というアプリも人気があります。ネットに室内トレーナーを接続して行うバーチャルサイクリングなのですが、私は週に4日程度お客さんと走っています。世界中の国からネット上のレースやイベントに集まって、会話をしたりしながら一緒に走る。一人で乗っているけど、繋がることができるんです。週3回程度、当社主催のコミュニティでZwiftのレースやイベントを行ってもいます。


質問 プライベートと仕事が融合していますよね。

そうですね。Zwiftでレースを開催するのは、自転車を売りっぱなしにするのではなく、自転車を楽しむサービスを無償提供している感じですね。
自分の趣味と繋がっていますが、Facebookなどで告知したり、会社の広報的な役割もあります

サイクルトレーナーコーナーで、Zwiftのデモをしてくださっている川原さん

スポーツ自転車店の今後の見通し

質問 人生で大切にしていることは何でしょうか?

やりたいことだけで生きていくことは難しいですが、やりたいことへの努力は惜しみません。特に、どうすればできるか考え抜くことを大事にしています。


質問 最近になって宅地建物取引士資格を取得していますが?

現在の職場は、仕事と趣味を両立させているタイプの人達が多く、割と時間にゆとりがあるので、自分のやってきたことに関連している資格は取っておこうと思いました。不安定な世の中ですしね。自転車に活かされることは無いとは思いますが(笑)。

自分がまさか自転車レースにハマるなんて学生の頃は思っていませんでしたが、やりたいことを続けるためにも、得意なこと、出来ることをきちんとやっておくようにしています。


質問 スポーツ自転車屋さんは稼げますか?

小売業の中では比較的安定していると思います。
お客様の大半は、通勤通学用に購入する4~5万円のクロスバイクが入口です。休日にサイクリングしたりして、ロードバイクに追い抜かれたりしていると、数ヶ月後には、もっと速く走れるロードバイクが欲しくなってくる方もたくさんいらっしゃいます。ロードバイクは10万円くらいから楽しめます。

こうした自転車は、あくまでスポーツ用品ですので、ネットだけで買うと不都合が起こることがあります。OMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの統合)と言うのですが、当社ではネットで全店の豊富な商品情報を見ながら在庫確認をし、希望の店舗で相談を受けながら購入することができます。スポーツ自転車の販売は、その人の目的、体格、スキルなどに合わせて、先々を見すえて提案していくものなので、店舗での仕事は無くならないと思いますよ。


質問 先ほど店舗を案内していただいて、180万円という高額な自転車が並んでいて驚きました!

高額な商品は、機能もさることながら、サイズが細かく揃っていて自分の体にあったものを選べるから高いという側面もあります。プロスポーツではなく実用品として使うには高いとは思いますが(笑)。でも、自動車のF1レースと同じ車に乗るのは無理でも、自転車ならトップ選手と同じ自転車を使えるというのが良いところだと思います。

自転車はモノにこだわるスポーツなんです。自転車をカスタムしたり、ファッションをコーディネートしたり。自転車本体以外にも欲しくなるものが多くなってくるので、本体を売った後も続いていく商売です。

180万円の自転車は何が違うのかを説明してくださりました

川原さんから、子ども達へのメッセージ

まず、やりたいことがある方はそれを大事にし、まだない方は、できるだけ色々と経験してみることが大事だと思います。経験が多い方が、やりたいことの直感を得られるチャンスも多いです。やりたいことが分かったら、それの為にやるべきことを逆算して、一生懸命考え、やれることに落とし込んでいってください。過去の経験がどう活かせるか考え抜くべきです。できることから始めると良いと思いますよ。過去の経験を今後に活かせるかどうかは、考え方次第だと思います。

親の庇護下にあるうちは、親に反対されてやれなかったとか、逆にやらされるといったことが多かれ少なかれありますから、極端に言うと、その時は親のせいにしても構わないと思います。ですが、人はいつか必ず、どこかのタイミングで独り立ちをしなければならず、そこからは親のせいにはできません。いつかは自分の人生について人のせいにすることはできなくなりますので、自主性を大事にして、やれることを沢山経験してほしいですね。そして、やりたいことのためにできることについて考え抜いてください。

私は、大学を中退したり、公務員を退職したりと、一般的には挫折ととらえられるかもしれない経験をしてきましたが、その都度正しい選択をしてきたと思っています。皆さんも、自身の選択を肯定して沢山チャレンジしてくださいね。生き方の選択肢はいくらでもありますよ!


川原さん、ありがとうございました!

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